やってみて初めて見える景色がある。

やったことがない。でもやってみないと分からない。だからやってみよう。やってみて初めて見える景色がある!

自分の中でそんな初めての経験シリーズがこの先月4月に、てんこ盛りになってました(笑)

・レコーディング&ミックス&マスタリングを全て自分でやってCDを作る

・アースデイというイベントにスタッフとして関わる

・ドラムス(奥さん)&アコギという形態でのライブ演奏

・ネットショップを作ってCDのネット販売

・娘が小学校に入学し家族全体の生活リズムが変わる

・キッチンカー出店する

ゴールデンウィークが終わり、これら一連の初めての経験シリーズがひとまずひと段落ついて、GW翌日は燃え尽きて抜け殻になってました(笑)

そしてやはり実際にやってみて、初めて分かったこと、初めて見えた景色、足りないこと、改善点、可能性、新しい出逢い、感謝の想いなどなど、得たものがたくさんありました。

自分の人生を貫く「軸」というものがこの歳になってなんとなくようやく分かってきて、ああほんとに今スタートラインに立ったんだなと(自分にしか分からない感覚ですが)感じています⭐️

〜 すべての経験を味わい尽くすために  この世界を選んでやって来たんだから 〜

(「父と息子」マサーヤン&サキエの歌詞の一部より)

https://masasaki.thebase.in/items/61128551

最後に、さりげなく曲の宣伝(笑)


40代後半、家庭を持ち妻も子もいる男が、それでも「音楽」を人生の中心軸に置いた、その本当の理由



今からちょうど30年前の1992年の4月のとある日、自分の中では忘れられない1日があります。

その日は当時通っていた大学内で新入生歓迎祭というものが行われ、所属していた劇団サークルでのステージ出演を終え、サークルのみんなと京都市北区の大学近くにある銭湯へと行きました。みんなより一足先に風呂から上がり、脱衣場で夜のテレビニュース観ていた友達の木村君が、浴場の扉を突然すごい勢いで開け、シャワーで髪の毛を洗っていた最中の自分にこう叫びました「おい、志水!尾崎が死んだ…」。

最初は何が起きたのか理解不能でしたが、時間が経つにつれて何が起きたのかが理解できるようになりました。その日、歌手の尾崎豊が亡くなったということが。

高校時代、悩み大き若造だった自分にとって尾崎が歌う歌は、当時の自分の心の支えになっていたのです。

大学卒業後の進路を考える際に、その日の出来事が自分の中で大きな影響を与えたんだと思います。周りのみんなが就職活動を始めた頃、自分は卒業後にミュージシャンを目指しプロになるという夢を追いかけることなりました。「夢を追いかける」…言葉の響きはいいけれど、ここからが茨の道の始まりでした。

音楽でプロを目指すとは言え、小中高と音楽とは無縁の暮らしを送ってきたし、その時、楽器もろくに弾けないし、当時の自分を知る人ならみんな知っていましたが、カラオケに行っても歌が上手いと一度も言われたこともないし、リズム感も人並み以下、アーティストのライブでよくある観客に手拍子を求められる場面では、自分一人だけが周りからリズムがずれていくぐらいのリズム音痴と、その時点でとにかく音楽的才能は皆無の人間だったのです。

普通の感覚ならば、そんな条件下の人間が音楽でプロを目指そうとは思いもしません。でも

自分の中で一つの確信めいた想いがあったんです。19歳になったばかりの時に大病を患い二か月間入院をして、その時初めて「死」というものと向き合い「死ぬ時に絶対後悔しない生き方をしよう」という、その後の死生観を持つことになった体験があるんです。その後ぐらいから、自分の頭の中で、既存の曲ではない誰も聴いたことのないようなオリジナルの旋律、メロディが勝手に流れるようになり、いつかこれを世に出さなくてはいけないという想いがあったからなんです。(なんせ若かったので思い込みも激しかったんだと思います、笑)

そして大学卒業後、東京に上京をしアルバイトをしながら20代のすべてをプロミュージシャンを目指す活動に費やしました。30歳になりバイト生活を脱却できる道がないかを模索しながらも音楽は続けていました。33歳の時、新宿駅で路上ライブをやっていた時、ある人から青梅市音楽フェスティバルという音楽祭出場のオーディションのチラシをもらい、その優勝者にはインディーズからCDが出せるという特典が付いていました。20歳から13年間音楽活動をやってきたけど一向に芽の出る気配はない、一地方都市の音楽祭で簡単に優勝するぐらいでないとメジャーデビューなんて夢のまた夢だと思い、このオーディションに落選したらもう音楽は辞めようと決め、自分の一番の自信曲をそのオーディションに送ることにしました。そして結果は一次選考で見事に落選。潔くきれいさっぱり、音楽の道を諦めることにしました。

その後デザイナーとして独立して、自営の仕事でもなんとかご飯が食べられるようになっていた36歳の頃、当時千葉県に住んでいたんですが、ひょんなことから千葉駅前にあったボイストレーニングの教室に通うことになりました。むかしから人に何かを教わるということがとにかく苦手で嫌いで、大学の受験勉強も塾や予備校に通うことなく独学で勉強したし、ギターも歌もその時まで何でも独学でやって来た人間だったんです。が、ボイトレに通い、自分では気づかなかったことをいろいろと教わって、歌が上手くなったような気がしたんです。すると自分の中で一度は諦めた音楽の道、自分の頭の中で鳴っている歌をやっぱり世に出したいという情熱が再びむくむくと湧き起こり、37歳で念願だったオリジナルCDを創ることが出来ました。それを多くの人に聴いてもらいたくてリヤカーにCDを積み東京から沖縄へと旅をしたのが2009年。41歳の時に再びリヤカーにギターとCDを積み込み日本一周旅をしたのは、もう皆さんご存知の通り。

その後42歳で結婚し子どもが出来、家庭を持つようになると、家のことや子育てに追われ、音楽をやろうなんて思いもなくなり、音楽への情熱はいつのまにかフェードアウト。でも本当は、家族のためにそんなことはやってはいけないと無意識に自分の中に封印をしていたんだと思います。そんな自分にある変化が起きたのは、二人目の子どもが生まれた47歳の時。

出産予定日のひと月前の妊婦検診で切迫早産の可能性を指摘され、大病院が近くにある下関市の実家で出産までは家族全員が実家での待機生活を余儀なくされたのです。

外での仕事も出来ず、家族全員の三食を作る以外はやれることも他になく、とにかく時間がたくさんありました。久しぶりにできたこの自由な時間が自分の今までの人生を振り返る時間となったのです。

出産予定日の直前の妊婦検診の日、妊娠中の奥さんを下関済生会病院へと車で送り、待合室の大きな窓から遠くに広がる山間の雄大な景色を眺めながら長い間ぼーっと考え事をしていました。

その時に降りて来たんです。

「自分は本当に何がやりたかったのか、自分はどう生きたかったのか」が。

まるでこれから生まれてくる息子に「父ちゃん、ほんとうの自分を生きていいんだよ」と言われたかのように。

「ほんとうの自分で生きる」とはどういうことか?

それはアンパンマンの歌にある『何のために生まれて、何をして生きるのか?答えられないなんて、そんなのは嫌だ♪』というフレーズのように、自らの魂の目的と合致した生き方をする、死ぬ時に後悔をしない生き方をする、ということかなと自分なりに解釈しています。

そして偶然にも、奥さんが出産予定の病院、息子が生まれてくる予定のこの病院とは何の因果か、むかし自分が19歳の時に大病を患って入院をしたのと同じ病院だったのです。

そして4月25日に息子は元氣に生まれて来てくれました。そうです、この日はちょうど30年前に尾崎豊が亡くなった日、音楽でプロを目指すきっかけになった自分の中での忘れられない一日と偶然にも同じ日にちなのでした。

ある画家が頭の中で素敵な絵を思い浮かべていても、筆とキャンバスがなければそれはただの空想で終わってしまいます。そして絵を描く技術がなければ、頭の中の絵を100%表現することは難しいです。

自分のことを振り返ってみるとこの30年間は頭の中に鳴っている音を「表現する技術」を学ぶ時間だったのかなと思います。(それにしても長い、笑)

子どもの頃にピアノを習ったり、もっと音楽に触れていれば良かったと何度後悔したことか。でも自分はこれで良かったんだなと今では思います。

まだまだ下手くそですが、音楽で人に表現するための最低限の技術は今ようやく付いてきたのではないかと思っています。逆にこれからも伸びしろがたくさんあって楽しみです。ようやく今スタートラインに立っている気がします。

音楽を人生の中心軸に置くと決めたのが息子が生まれた3年前の春。「音楽で生きていく」ということがいかに雲を掴むようにふわふわしたことなのかが自分が一番嫌と言うほど分かっています。だからこそ、地に足をつけてそれでも理想を追いかけ、死ぬ時に後悔しないように心の底から湧いてくる自らの想いから目を逸らないため、ほんとうの自分達で生きていくため、何度も逃げたくなったほど夫婦間での本気の話し合いをこの3年間重ねました。現実社会の中で、それでも自分達の理想を追いかける具体的方法を模索してきました。

(※近日中に音楽とコーヒーの移動販売車も開始します。)

音楽でプロを目指そうと決めてからちょうど丸30年。一度は諦めたけど息子の誕生がをきっかけに人生の中心に再び音楽を置くと決めて丸3年。ようやく目に見えるスタートラインに立った証として節目のこの2022年4月25日の日に、マサーヤンとしては二枚目のアルバム、マサーヤン&サキエとしては初となる『5曲入りミニアルバム「Love and Light」500円(税込)』を発売します。

「袖振り合うも多生の縁」という言葉があるように、今までの自分の人生の中で出逢ったすべての人、何らかのご縁のあったすべての人にアルバム出来たよー(涙)ってお知らせしたい氣持ちです(≧∇≦)

こんだけ長々と文章を書いてきて、最後はアルバムのセールスかよ(笑)!

と思われてもいい(笑)、このCDをほんとうにいろんな人に押し売りしたい(笑)

発売日:2022年4月25日(月) 
※ 4月16日 アースデイ向津具の会場と、4月23日、24日「音楽とコーヒーの移動販売車(music&coffee)」の出店会場(棚田の花段)で先行販売をします。

予約注文含め2022年4月25日までにご購入頂いた方の中から抽選で10名の方に「マサーヤン&サキエ オリジナルエコバッグ(600円相当)」が当たるキャンペーン実施中です!

↓現在、こちら予約注文、出来ます。
https://masasaki.thebase.in/items/61128551

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10年ぶりのTwitter。

Twitterを約10年ぶりに再開してみました。昔やってた時はちょっと苦手意識があったのに久しぶりにやってみるといろいろと使いやすくなってて、限られた文字数の中で直感的に思ったことを発信できるツールって、実は自分向きだったんじゃないかと改めて思いました。ブログよりも直感的な短い文章を書くほうが実は得意なのです。歌の歌詞を考える要領でこれはずっと昔からやってきたことだったので。楽しみながら続けられそうです。ブログよりも更新頻度は確実にあります、笑。

こちら→ マサーヤン (@masaayan) | Twitterhttps://twitter.com › masaayan

12年ぶりに新曲をリリースしました!

二年前の春に息子が生まれて来てくれたタイミングで自分の中心軸はやっぱり音楽だったんだと氣づき(厳密には音楽ではない→詳しくは)、曲をレコーディングするためにPC用ソフトを昨年の秋に買い、子育ての合間をみて、ちょこちょこと音楽の制作をしてたわけなんですが、音楽録音の機材と言えば30年近く前はカセットテープの4chのMTRだったわけで、いや〜技術の進化はすごいですね。ひと昔前まではプロ用のスタジオでしか出来なかったことが、今やパソコンとDAWというソフトがあれば、それこそ総額何百万という高価な機材を買い揃えなくても、そこそこのクオリティの曲が出来てしまいます。

パソコンとDAWソフト、オーディオインターフェイス、モニタースピーカー、コンデンサーマイクなど揃えて現在自分の部屋は簡単な録音スタジオ仕様になってます。自分の部屋を録音スタジオにすることは昔からの夢の一つだったんですよ。子どもが一生遊べるオモチャを手に入れた気分です、笑。

というわけでアルバム用に昨年秋からちょこちょこと作ってた内の1曲を先行シングルとして、iTunesやamazon、spotifyその他もろもろより配信を開始しました↓
https://linkco.re/f061BPc2

YouTubeで無料で聴けます。snsなどでシェア拡散、大歓迎です〜!

YouTube動画

自分を抱きしめる。

現在、5歳の娘ともうすぐ2歳になる息子の子育て真っ只中ですが、彼らを見てていつも思うのは、親の愛に対する絶対的な信頼感を疑いなく持っているなあということ。

他の動物と違い人間だけは生まれてから独り立ちするまでにとても長い期間を要し、その間、親やその他の誰かのお世話、保護が必ずないと、大きくなれません。子育てをしていて、以前はなぜ人間だけが?と疑問に思ってたんですが、どうやら人間はそういう風に出来ていてそこに大きな意味があるのでしょうね。

親になっていつも思うことは、自分は一人で勝手に成長し大きくなったつもりでいたけど、大きくなれたのは自分の親を始めいろんな人のお世話、無償の愛があったからだよなあ…ってこと。ありがとうございますという感謝の念が湧いてきます(とはいえ、やはり人間なのでバタバタの毎日で子ども相手にテンパることも多々あり、そんな時は感謝の念はどこへやら、笑)

前回紹介した「抱くものが抱かれるもの」という動画にあるように、子ども達は親や周りの人の愛に対する絶対的な信頼を持っていて、愛されることを当たり前に感じ自分の中にいつも愛を抱いています。だから愛されるのだと。

親元を離れ独り立ちし大人になった自分達大人は、子どもの頃に持っていた「愛されていることを信じて疑わない」という感覚を忘れてしまっています。

でも、本当は誰もが一人の例外もなく宇宙の大いなる愛に包まれ愛されているんですよね。。動画を観て魂の奥底が震え涙が流れました。

一人一人の人間の中心にある宇宙の愛を抱く時、それは外側にある宇宙に抱かれ愛される時。自分を信じる、愛する、赦す、委ねる。勝手につくり上げられた枠の中に自分を閉じ込めない。それが自分を抱きしめるということなんでしょうね。

『縄文』についての正しい再認識⑥

私たちは誰もがこの世に生まれたばかりの赤ちゃんの頃は誰もが宇宙と繋がっているし宇宙そのものの存在であると言ってもいいと思います。ところが次第に大きくなって成長していく中で、親や周りの人達から現社会の中で善や良しとされる様々な観念を刷り込まれ、そういう社会の一つの枠組みの中で誰もが大人になっていきます。

 現在、5歳の娘と1歳の息子の子育て真っ只中ですが、毎日のふとした時に、親の思う通りに子ども達をコントロールしようとしてる自分がいることに氣がつきます。特に現在、保育園に通っている娘に対して、時間通りにご飯を食べさせて遅刻させないようにまたその他様々な場面で、親の思うように動いてもらうために「〇〇で〇〇だから〇〇しなさい」「〇〇で〇〇だから〇〇してはダメ」などと理路整然と説き伏せてみたり、飴と鞭を使い分けるような軽い脅しや脅迫的な物言いで子ども達をコントロールしようとしてる自分に氣が付きます。まあいわば無意識的に自分が親に育てられた時と同じように、いま子ども達と接しているわけです。(この辺のことは夫婦間でいろいろと話し合ったり、モンテッソーリ教育などを勉強したりして、夫婦間でいろいろ試行錯誤して今では子育ての方法もだいぶ変わっていますが)

上で紹介したのは自分の子育ての一例ですが、このように現代の社会ではとにかく何をするにしても物事を理屈や理論的に思ったり考えたりしています。このことは現代社会の中のすべての物事の前提として当たり前にあることなのですが、以前も書きましたが縄文時代にはこういった人間の思考は補助的なものだと捉えられ、子ども達への教育として今の社会のような観念教育はなかったそうです。前回の記事で紹介したように、現代社会では誰かがつくりだした枠組みの中に誰もがすっぽりと収まっていて、収まっていることすら氣付かずにその枠組みがすべてだと疑いもせず、そして人にその枠組みを押し付けて、大きな枠組みの中にさらにたくさんの小さな枠組みをつくり暮らしている状態です。

以前、人類を支配管理する存在のことを批判して自分はもう目覚めているから大丈夫だ、と思っている時期がありましたが、子育てを通じて氣づくのですが、自分も同じような手法(飴と鞭の使い分け、脅迫観念、枠組みの押し付け…)で自分の子ども達を支配管理しようとしているじゃないかと、笑。枠の中にまだまだ自分も収まっていたのです。

日本語の言霊的に「わく」という言葉を自己解析すると、わ(輪、環、和)+く(句、くくる、区切る、苦)と分析します。宇宙には区切りはないので、枠の中にいる限りはどんな方法をとっても宇宙と調和した社会、ミロクの世の実現は不可能なんだと思います。

枠の外に出るためには、わ(輪、環)の中にある中心(ゼロ)と繋がる、結局これしかないんだと思います。

ではその中心と繋がるためにはどうすればいいのか?という疑問が湧いてきますが、紹介した本の中にそのやり方は次回作で明らかにするという記述がありました。おそらく、今のこのタイミングでは、人類が真の調和社会を実現するために、今まで表に出て来なかったかつての縄文の叡智というものがあった、そのことをまずは知ることが重要なのだろうと思います。それを実際の社会に反映するやり方を知るのはもう少し先でいいのかもしれません。

この本を読んで「心は原因ではなく結果である」という視点が自分なりにはしっくり来たので、今までやってような『自分の心を見つめ、心(意識)で心(意識)をコントロールする』ということをやめました。霊性を高め人間性を磨いていくために、自分の心を常に見つめて良くない感情を自分でコントロールするということを20年近くやってきたのです。でもそういうことを辞めてみるとと逆に心が軽くなったような氣がして、「あっ、今、心が乱れているな」と感じた時には、とにかく自分のエネルギー(氣の流れ)、体感覚を整えることに焦点を当てています。そうすると、エネルギーが整うと不思議と心も整っていくのです。(まだまだ実践あるのみですが)

例えば心の中に何か問題があったとして、それを心でコントロールするのはそれは同じ次元の中でのことなのでやはり限界があり、真に解決するためには違う次元に行かないといけません。縄文以降この2、3000年間、人類は宗教や制度や法律や科学やスピリチュアルやその他いろいろな方法を使い平和で調和的な社会を実現するために歩んできました。目に見える世界のことだけですべてを解決しようと歩んできました。円が360°ならば、半円の180°だけで。けれど、今ある様々な問題を解決し真の調和社会、ミロク(36、360°)の世の実現のためには、誰の目の前にもある今までは何もないと思われていた空間(こちらが本当の目に見えない世界)に、答えがあったのだと知ることではないでしょうか。

「ま」という言葉を言霊解析で自分なりに分析すると「間、真、魔」という意味で表すことができます。よくディ〇ニー映画などで魔法という言葉が出てきますが、確かに縄文以降の2、3000年間は魔法の世界だったのかもしれません。けど、もうこれからは「まほう」と言えば「間法、真法」と表せる世界になるのではないかと。

今まで縄文についていろいろ書いてきた内容を振り返ると「縄文=善、弥生以降=悪」と捉えがちですが、それでは善悪二元論の同じ次元に留まったままです。そうではなく、人類と地球の真の霊的進化のために、やはり弥生以降の2、3000年間の時間と経験が人類に必ず必要だったのではないかと。

いや〜長々と書いて来ましたが、なんとかまとまりました。今日は2020年12月21日、冬至です。冬至という日は縄文時代には一年で一番重要だった日のようで、この日は土器や土偶などを壊し土に還す、土に還すとは無(ゼロ)と繋がる、すなわち永遠と繋がるために。新しい一年を迎えるためにつまりは一年の総デトックスです。

今年の冬至は一年どころか何千年、何万年もの長い時間の節目になるように思います。そう言ってる人もたくさんいます。とにかく自分的にはこの日までに縄文シリーズのブログ記事を書き終えることができて良かったです、笑。今思ってることを出し切りました。

最後に、紹介した本の中の縄文人の長老の言葉をご紹介して縄文シリーズの記事を終わりとします。

「宇宙は、存在という観点から見れば、それはあなた方が理解するように、無だ。しかし、命という観点からは有なのだ。物質に焦点を合わせるあなた方には、宇宙は、『無』から『有』が生じているように見えるだろう。そこでは、すべては、はかない。すべては、分離している。すべては孤独だ。その錯覚が、あなた方の物理学の基礎にある。

私はあなた方に理解可能な認識で伝えてきたが、空間(MA)というものを基準に見る我々の目には、この世界は、それとはまったく逆なのだ。

我々の目には、この世界は、空間という『実体』の上に成立しているのだ。

この子宮空間体のすべては、中心なる『0(無)』へと向かう性質をもっている。

その焦点力により、個、すなわち有限界の命は生まれるのだ。

我々にとって、存在とは、全包容的無の力だ。

そしてその力こそが、HARI(フォース)なのだ」

『縄文』についての正しい再認識⑤

…前回からの続き

この本を読んで個人的に一番衝撃を受けたことは、「心は原因ではなく心もまた結果である」という視点。今までずっと目の前の現実(結果)をつくりだす原因は自らの心にあると思ってきたので、自らが望む現実や幸せを手にするために自分の心を磨くということをずっと昔からやってきました。そうやっていくつかの望みや願いは今まで歩んできた人生の中で実際の形になったし、このことは自己啓発書や精神世界でよく言われている王道中の王道の法則だと信じて疑いもしなかったです。またスピリチュアルの世界でよく言われる、一人一人が自らの魂を磨く霊性を高めていく、このことが宇宙全体の進化に寄与、貢献することだと思っていました。

ここで今回のこの「縄文についての正しい再認識」シリーズの①で書いた自分なりの歴史認識の内容を振り返ってみます。完全調和社会の縄文時代が何万年も続いたあと、宇宙の中心を離れてしまった支配的な人(存在)達が人々を支配管理する道具として宗教を広めていきましたが、これが2〜3000年前のこと。

自分は、ある特定の宗教を信じていたり信者でもない、いわゆる無宗教者です。でも目に見えるものだけしか信じない唯物論者ではないし、むしろ目に見えない世界があると強く思ってるし、世の中の宗教に関しても例えばキリスト教や仏教、神道などいろいろとありますが、それ自体の教えはそれぞれ本当に良いことを言ってると思っています。だから現在、世界中に様々あるその宗教自体を今まで否定したり疑ったりしたことはありません。

でも、自分なりの歴史認識がはっきりと見えてきた頃に少し疑問が湧いてきました。いろいろな宗教や教えが世界にはありますが、それらに共通しているのは、『誰か偉い人(存在、神)がいてその下に人々がいる。そして人々は未熟で至らなく不完全である。だから一人一人が偉い人(存在、神)の教えに従い自らの心や霊性を高め磨いていく。』という構図。

2〜3000年前にやって来た支配的な人(存在)達が、誰かが言った良い教えを利用して、人々を支配管理するための道具として宗教というものをつくったのだとしたら??

そしてその流れが現在の2020年の社会にもずっと続いているのだとしたら??

宗教を始めとして社会全体のありとあらゆる場所にそういう支配管理する枠組みが、誰もが疑いもしないまま今現在も当たり前に存在し続けているのだとしたら??

本の最後のほうで、縄文時代の長老が語る言葉と著者の内面の描写としてこう記されています。

私たちにはあたり前の法律や国境、あるいは権力も、この枠組みが発展した見えない枠組みだ。それらがなければ自身を守ることができないと私たちは考える。だが、彼らの世界には、これらがない。(中略)私たちの社会は、今や仕切りと枠組みであふれかえり、それでもさらにそれらを必要としている。ここの人々は違う。ここには、自然界との間にも仕切りが存在しない。そうだ、彼らは宇宙と同じだ。(中略)彼らの社会は、宇宙と同一なのだ…

「あなた方の世界は、国家という幻想により、争いを作り上げている。大地には仕切りは存在しない。あなたは、あなたの社会の人々がいとも簡単に社会権力に洗脳され、操られてしまうことに失望してきたはずだ。また、それをどうしたら克服できるのかを知りたいと思ってきたことを我々は知っている。その理由もすでにおわかりのはずだ」

たしかに私は今、理解している。洗脳支配の裏にあるものは枠組み心理と依存なのだ。自立力のない依存心理の個人は、コントロールされていることにさえ気付くことができないのだ。

「我々には社会的洗脳が存在しない。対立次元を超えた統一空間内では、存在による存在の支配は発生しない。中心不在の空間世界は、回転力を失ったコマ同様に外界の力に流され、またそれゆえにエゴへの依存が生まれる。

 すべての思想的支配は、本質では、中心力(フォース)の喪失から生まれる。不統一空間にあるあなた方の世界では、常に中心ならざる中心、すなわち権力なるものが生じている。正しく見える正義こそが、あなた方をその力に引き込んでいる。真理というものは、善悪二元論を超えた統一次元にしかないのだ」

…次回に続きます。