今ここほんとうの自分を生きる。

畑や田んぼで無心に作業をしていると、頭の中が瞑想状態になることがよくあります。その瞑想状態の時にふと想った、人が今ここを生きることについて書きます。

土というものは、植物や動物の死骸などの有機物が永い永い年月をかけて積み重なったものなんだそうです。何もなかった溶岩でできた太古の地球に土や緑が生まれたのは、今までたくさんの生命が生まれ消えその繰り返しのおかげなんだなと、土に触れては過去の様々なたくさんの生命に想いをはせてしまいます。

そして植物は今も変わらず大地に種を落とし、すべての生き物はその生命を未来に繋げることを綿々と続けています。過去があるから今がありそして未来に繋がっていく、土に触れてはそんなことを想ってしまいます。過去から未来へ続く一つのライン時間軸、その中心に今があると。

そんな流れから想いをはせるもう一つのことは、いまここ地球上に生きる同時代を生きる人達のこと。宇宙の歴史からみたら、いま地球上に生きている0歳の赤ちゃんも100歳の人もほぼ同級生、笑。同じ時代にこの同じ星で生きている奇跡のようなこと。争いあったり批判し合ったり喧嘩してる場合ではないと。世界中の人が手と手をとり合って繋がっているイメージが自分の中にあります。この横の繋がり、ひとつの水平のライン。

そして最後に想いをはせるのは天と地。天地人という言葉がありますが、天と地の間に人がいて、見えないものと見えるものの間に人は生きています。自分の中にある天意(あい)を感じ想い出し、この地球を地上天国、弥勒の世へとしていく役割、それが一人一人にあるのではないかと。これを上下のラインと言ってもいいでしょうか。

この上記の三つのラインが重なる中心に自分というものがいて、図形で言えばフラワーオブライフとか神聖幾何学模様の中心部。その中心を意識して生きる時に、自然と感謝の念が湧いてきて、ニュートラルなほんとうの自分に戻れるような氣がしています。