お米づくりの世界も二極化?!

現在の我が家の田んぼの様子です。自分が住んでる地域の周りの田んぼでは今年ウンカの被害がひどいです。ウンカとは、稲の大敵と呼ばれる害虫で東南アジアあたりから飛来してきて稲の養分を吸い枯らしてしまう虫です。農薬で駆除できるのですが数年たてば新しい農薬に耐性をつけその時に適切な農薬を撒いておかないと被害が出てしまいます。

今年の春頃、世界的にサバクトビバッタの蝗害で農作物がやられるニュースが飛び交っていて、今年の秋には日本でもどうなるか分からないなあと思ってたんですが、バッタは大丈夫だったけど、ウンカ被害が発生しました。

無農薬、無肥料の自然栽培ではウンカ被害はあまり出ないそうですが、友達が無農薬無肥料でやってる田んぼでも今年は被害が出ているそうで、自分の田んぼでも一部やられている箇所があり、来月の収穫まではまだまだどうなることやら、予断を許さない状況です。

自分の田んぼをよく観察すると、やられているところは水が流れ込みやすい水の多いところで、稲の根張りが弱いため生命力が弱いんでしょうね、過保護に甘やかしすぎました(笑)。この前来た二度の台風でもその箇所の一部が倒れてしまっています。

友達の話だと、黒米や緑米などの生命力の強い古代米はウンカ被害にあってないそうです。

農薬をたくさん撒いて被害を防ぐか、それとも虫にも負けない稲の生命力をとにかく高めていくか、お米づくりの世界でも二極化がやってきました。

自分は無農薬無肥料の自然栽培でやってますが、でも農薬を使う慣行農業を否定しません。大型機械、化成肥料、農薬を使う慣行農業のおかげで、今でも市場のお米の供給量は安定し誰でも安価でお米が食べられることができるのだから。これを大昔のように牛で耕してすべて人力でお米を作るとなると、その労力たるや想像を絶します、汗。今のように誰でもご飯を食べられる世の中ではなくなるでしょう。

2022年、資本主義崩壊?!


2003年頃に私生活で思うところがあり、それまでの自分を変えなければと急に思い立ち自分改造計画というものをつくり、タバコを辞めるとかテレビを見るのを辞めるとか本を年間300冊読むとかその他にもいろいろありましたが、とにかくそれまでの自分を変える計画を突然立てて一つ一つ実行していったということがありました。(今考えると生まれる前から何歳になったらそうしようと自分で決めていたような?!氣がします)

そしてその頃に読んだ本の中で、近い将来資本主義は崩壊するという内容を読み当時衝撃を受け、最初はそんなことあり得ないと思ってたのですが、でも1990年にベルリンの壁が崩れ共産主義も崩壊したのだし、人間のエゴを中心とした経済を発展させ続ける今の資本主義のシステムが続いていけば、その前に地球の自然環境は持たないだろうと思い、崩壊するのも悪くない、いやむしろ地球が優良星になっていくためには、今のシステムが崩壊することは必要必然だと思って生きて来ました。

2003年頃に近い将来資本主義は崩壊するなんてことを周りの人に言えば、可笑しなことを言う奴だな頭大丈夫?と思われていたと思いますが(笑)、2020年の今こういうことを言っても受け入れてくれる人は増えたんじゃないかと思います。

近い将来に崩壊すると言われも「それはいつなのか?何をすればいいのか?」2003年頃からはそんなことを考えながら生きてきました。2011年に東日本大震災が起き福島の原発事故が起きた時に、ついにやって来たかと思いましたがまだ違いました。そして2020年の今、自分だけじゃなく多くの人が感じているかと思います、もうそろそろなんじゃないかと。

(コロナのパンデミックをつくりだしそれを口実に、もはや資本主義の体すらなしていない行き過ぎた金融システムを一度リセットしようとしてる、そんな流れさえ感じます)

時間は直線軸ではなくスパイラルな螺旋上に流れていくものだと思っていて、歴史は繰り返すと言われますが、歴史や文明の周期は長いもので1600年とか800年、短いもので70年から80年だと言われてます。

今まで常識や当たり前だと思っていた事が一夜にして180度回転し非常識や当たり前でなくなる出来事が日本の歴史上にもあります。それは1868年の明治維新と1945年の第二次世界大戦の敗戦。自分なりの感覚と数字から考えると再来年の2022年がとても氣になります。2022年の77年前が1945年で、77年×2=は154年でちょうど明治維新の1868年なので。もし2022年に何も起こらなかったとしても2024年には新しい紙幣への切り替えが決まっていて預金封鎖も起こりえるし、あと食糧難も氣掛かりですし自然災害も。

しかも今度の変化は宇宙的規模で見ても新星地球への生まれ変わりというぐらい、どでかい変化、地球と宇宙の進化だと言われています。

とは言え決して恐怖を煽るわけではなく、それはより良い世界に行くためには避けられない、むしろ歓迎すべきことだと思っています。2003年頃からずっとそう思ってきました。

今まで通りでいい現状のままでいいと多くの人が変化を恐れるのは人間の習性。でも今よりもより良い世界に行くために新しい創造のためには、古いシステムの崩壊と変化は避けられないもの。

古い今までの常識や考えやシステムにしがみつくカチコチの頑固な頭ではなく、どんな変化が起きても驚かずしなやかに対応できるよう、とにかく頭の中身を柔軟に柔らかくいるように心がけたいものです。(自分に言い聞かせています)

柔軟な頭、それはこの大変化の時代にはとても重要で大切な無形財産だと思います。

不謹慎かもしれませんが、これから古いシステムの大崩壊と、とてつもない大変化が起きるかと思うと、その先にはいったいどんな世界がやってくるんだろうと個人的にはとてもワクワクしてます^ ^

自分の中心軸を意識して毎日をワクワク楽しく過ごす方法①

自分の中心軸とは何なのか?中心軸を意識して毎日暮らすとは?

その考え方はいろいろあると思いますが、自分なりの結論を簡単に言うと、今の自分が心地良いと思えるか思えないか、思えるならばそれは中心と繋がってる時なのかなと。

宇宙の真ん中にある、自分の真ん中にある万物創造の愛の意識と繋がっている時は、そこには不安も恐怖も恐れも悲しみも欠乏感もない、すべてが満ち足りていて全部ある、オールオッケー状態(バカボンのパパの口癖、これでいいのだ〜!)です。その状態や意識になって毎日暮らすことが中心軸を意識して暮らすことかなと自分では思ってます。

ではその状態やその意識になるためにどうすればいいのか?自分なりの考えでは身体的アプローチと精神的アプローチの二つがあって、身体的アプローチではどういうものがあるかと言うと、ありきたりな答えかもしれませんが…

・太陽を浴びる。

・深い呼吸をする。

・有酸素運動、身体を動かす、汗をかく。

・身体を緩め、巡りを良くし、身体の中心を整える(瞑想、ヨガ、自力整体など)

・とにかく笑う。お腹がよじれるくらい、笑

・大声で歌う。

…などなど

一つ一つ説明していきます。最初の「太陽を浴びる」ですが自分が言うまでもなく、この効果は昔から多くの人が言ってますが、太陽光を浴びると幸せホルモンのセロトニンが分泌される、ビタミンDが体内でつくられ骨が丈夫になるなどいろいろとあります。

 太陽を浴びることの効果にもう一つ自分なりの考えで付け加えておきたいのですが、それは宇宙は愛で出来ていたシリーズでも書いてきましたが、宇宙や人間を含むすべてのものは円形の循環するエネルギーであるという理屈から考えると、太陽系とは中心にある太陽を中心軸に循環する輪です。

 太陽系の中心軸の太陽と、一人の人間の中心にある中心軸とのチューニング(周波数、波動)を合わせる、ギターのチューニングを音叉で合わせるように。とかく人間というのは生きているといろいろあって(もちろん自分も)、ぶれたり落ちたりずれたりします。だから楽器のように時々正しいチューニングに戻してあげないといけません。太陽の高い波動に自分のチューニングを合わせる、これが太陽を浴びることの効果の一つではないかと。

太陽だけでなくその他の高い波動を持つもの、例えば動植物、イルカ、赤ちゃん、大自然の中、滝、巨木、神社仏閣、パワースポットと呼ばれる場所、などに身を置いたり触れあったりして自分のチューニングを合わせることも同じように効果的ではないかと。

…あぁ、このシリーズもまた長くなりそうなので、続きはまた次回に、笑

宇宙は愛で出来ていた④

長々と書いてきた宇宙は愛で出来ていたシリーズ(その①その②その③ )今回のその④でついに完結します!どうぞ↓

ピラミッド構造の分離意識を刷り込まれ自分の中にある中心軸(万物創造の意識)を見失なっている状態では、どうしても勝ち負け、優劣、上下、競争、不足、不満、恐怖、恐れという意識に支配されてしまいます。そして権威とかメディアとかブランドとかお上とか、そういうものを盲信し崇めたててしまいます。有名人、◯◯大学の名誉教授、学者、偉い先生…などなど、その権威や肩書きを聞くだけでとにかくすごい人(組織)が言うのだから間違いないと、その言われている内容はともかく、簡単に言われることを盲信してしまいます。そしてやはりそういう状態だとその誰かや何かに簡単に依存しやすくなります。

自分の例をあげると、以前スピリチュアルや心の世界に、そういう上だ下だという分離意識を持ち込んで、◯◯さんの魂レベルは高いな〜負けた…とか、視えないものが視えたり聴こえないものが聴こえる人ってすごいなとか、◯◯星から転生した◯◯さんの言うことはすごいな〜とか、本来なら分離意識の対極にありそうな世界の中に、勝ち負けとか優劣とかを持ち込んでいたことがありました、笑。

上も下も優も劣もありませんよね、誰もが心の真ん中に万物創造の意識を持っているのに。

それからですね、これも以前の話ですが、ビジネス書をめっちゃ読んでマーケティングとかブランディングとかビジネス戦略、ビジネス心理学とか、めちゃめちゃ勉強した時期がありまして(その頃の自分はやはり心の中に満たし切れない不足感があり、それをビジネスを成功させることによってその不足感を埋めようとめっちゃ頑張った時期があり、結果自分はビジネスには全く向いてないビジネスセンスはゼロだったということが分かりましたが、笑)、その時に消費者は自分の意思でモノを買っているようでいて、そうではなく買わされている、そういう仕組みがこの社会にはたくさんあるのだなということを知りました。(その時にめっちゃ勉強したことは自分のビジネスには何の役にも立ちませんでしたが、笑、言葉は悪いですがそういう裏で仕掛ける側の仕組みが分かったことは良かったです)

ビジネスを成功させるたくさん儲ける、そのために必要なことはいろいろとありますが、一番よく言われてることは、顧客の囲い込み、信者化、顧客管理がどれだけ出来るかです。自社の商品サービスをどれだけたくさんの人が買ってくれ、どれだけ高額の商品サービスを買ってくれ、そして繰り返し何度も買ってくれるか、それが儲けられるかそうでないかの分かれ目になります。そのためのマーケティングとかブランディングとかビジネス戦略の仕掛けがほんとにたくさんあります。

ビジネスの世界だけでなく、揺りかごから墓場までこの社会にはこの世界には、人を支配し管理する仕組みがあちこちに張り巡らされています。そういう今まで隠されていた裏の仕組みを最近では陰謀論としてsns上やネット上や本などでたくさん取り上げられていますね。

話は少しずれましたが、何が言いたいかと言うと、自分の中心軸を見失なってる人をコントロールすることは、支配管理する側からすればとてもやりやすいということなんです。

今まで表に出て来なかったピラミッド形の支配構造が陰謀論としてどんどんと今、表に出てきていて氣づく人はどんどん増えてきていますが、そのことに対して、ちくしょう〜今まで騙しやがったな!とかそのことに怒りを感じ批判をするつもりはありません、個人的には。

すべては一つであるという中心軸(万物創造の意識)に戻って考えてみると、目覚めさせないように人類を支配、管理していた存在すらも自らが創り出したものだと分かります。

恐怖、恐れ、悲しみ、怒り、不安、不足感、欠乏感、そんな感情すらもすべては自分が創り出したものだと分かります。

 もしもこの世界が人類が目覚めていく一つのゲームだとしたのなら、今までのことはすべて必ず通るべきクリアしていくべきステージだったのかなと。

目覚めさせないように恐怖と恐れを植え付けて、このゲームをよりエキサイティングに面白くしてくれる悪役をやってくれていたと考えると、今までどうもありがとうと心から感謝すら覚えます。

結局長々と書いてしまいましたが、自分の言いたいことは一つ。これからの時代はやはり自分の中心軸をしっかりと持つことがとても大事だと思うという話でした。

 じゃあ、その中心軸ってどうやったら持てるの?どうやったら中心軸を意識して毎日暮らせるの?という話ですが、自分がどうやって見つけたのか自分がどうやって中心軸を意識して毎日暮らしているかを、一つの参考事例として具体的にまたこのブログに書かせてもらいたいと思います。

宇宙は愛で出来ていた③

宇宙は愛で出来ていたシリーズ(その①その②)、その②で完結したかと思いきや、補足で書きたいことが出てきたのでその③として続きを書きます。

宇宙とは人間とは何ぞや?という問いに対する答えとして、《フラワーオブライフや神聖幾何学を参考に、宇宙や人間を含むすべてのものは円形の循環するエネルギーであるとして、その中心部には愛があり、愛とはわたしもあなたも宇宙もすべてはひとつであるという意識、状態である》ということが自分なりの現時点での答えだと書きました。

これまた以前の記事でも書きましたが(こちら→常識は常識ではなかった)、量子学の世界では、「宇宙の空間すべては量子と呼ばれる振動する波(周波数)で満たされていて、人間の意識が介入した時に初めてそれは人間の目に見える粒となる」と科学的に証明されているということですが、ではその人間自体はどうやって創られたのかを考えると、そこに人間の意識以外の超意識が存在すると仮定しなければ辻褄が合わないそうです。

 この超意識の呼び方を、神というのかサムシンググレートというのか万物創造の意識というのかゼロポイントフィールドというのか、呼び方はともかく、そんな超意識が宇宙の真ん中にはあり、そしてそれは人間一人一人の真ん中の意識と繋がっているんだと思います。

そんなには詳しくはないのですが、2008年頃に本を読みこれからの変化の時代にきっと重要な内容が書かれてあるんじゃないかと直感で感じた日月神事というものがあり(一部の人の間では有名です)、その中で繰り返し大切だと言われている「◯に・」に関する記述があり、これは上記のことを言っているのではないかと自分なりに推測しています。

日月神事 第一二帖(一四九)

この道で魂入れてくれよ。この道は・ぞ。◯の中に・入れてくれと申してあろうが。臣民も世界中の臣民も国々も皆同じことぞ。・入れてくれよ。◯を掃除しておらぬと、・入らんぞ。今度の戦は、◯の掃除ぞと申してあろうがな。祭りとは纏り合わすことと申してあろうがな。この道は教えではないと言ってあろうが。教会や他の集いではないと申してあろうがな。人集めてくれるなと申してあろうがな。世界の臣民、皆信者と申してあろうが。この道は、道なき道。時なき道ぞ。光ぞ。この道で皆生き返るのだぞ。

循環する◯の中心には愛という万物創造の神の意識(点、天意)があり、自分の中心にいるとすべてはひとつであるというそういう万物創造の意識と繋がれるけれど、自分の中心から離れてしまうと、わたしとあなたは別物、わたしと宇宙は別物という分離意識になってしまう。分離意識の状態だと、自分と他の区別比較が始まり、嫉妬、勝ち負け、優劣、上下、競争、不足、不満、恐怖、恐れという意識に支配されていまいます。だから、日月神事ではこのことがもっとも重要ですよと言われているのではないかと。

…まだまだ書き足りないことがあるので、宇宙は愛で出来ていたシリーズその④に続けることにします、笑。

あなたのワクワクする情熱は何ですか?

人が目覚めること、今までの偽りの自分を捨て本当の自分で生きる、やりたくないことを辞めやりたいことをやってみる、たった一度の人生ならば終わりの時に後悔しないように本当の自分の人生を生ききる…そんなことに氣づくきっかけやヒントは誰の周りにもほんとに無数に転がっています。それこそ好きなアーティストの歌であったり好きな本の内容であったり、家族の何気ない一言であったり、テレビのドラマのセリフであったり、世の中や自分の周りで起きるいろんな出来事であったり…、自分が氣付かないだけでそれこそ無数に存在しているものです。

そしてどんなにヒントが転がっていてもどんなにサインが出まくっていても、最終的に氣づいて動くことはその人にしかできません。

以前の自分は、傲慢にも、人を目覚めさせようとか人に変わって欲しいとか、そんな思いを持ち歌を作ったりブログを書いたりしていた時期がありました。そして一人でも多くの人に伝えようとブログやFBやホームページのアクセス数がどうやったら増えるか考えたり、多くの人に注目されることばかりを考えていた時期があります。でもでも!ある時それは多くの人に注目され有名になることによって、自分の心の中にあった空白を埋めようとしていることに氣づいたんです。目覚めて欲しいと思いながら、自分が目覚めていなかったんです、笑。そんなことがあってブログやFBを書くことをやめていました。

また詳しくはブログに書きますが、昨年の春、息子が生まれたタイミングで自分の本当の中心軸が何なのかが分かってからは、そんな自分の心の中の空白は消え、注目されたいという氣持ちは消え、今はただ書きたいからブログを書き、作りたいから歌を作り、歌いたいからライブをやりYouTubeに動画をアップしています。

これから新しい時代に変わると、今までの時代の有形財産が一度ゼロになり、その時に初めて自分がいったい何を持っているのかを一人一人に問われる氣がします。言うなれば、あなたのワクワクする情熱は何ですか?ってことを問われるのでしょう。(堅い言葉で言い換えれば、天命とか使命とか魂のミッションとか、今この時代を選んで生まれてきた本当の目的とか)

誰の中にもそんなワクワクする情熱は一人一人の中に必ず眠っているのものです。

大人から子どもまで誰もが本当に自分のやりたいことをやって、毎日をワクワクと生きている世界がやってくるって想像すると、いや〜ワクワクして自然と笑みが溢れますね。

宇宙は愛で出来ていた②

宇宙は愛で出来ていた①の続きをようやく書きます。

おそらく事細かに書いていくと本が一冊書けるくらいの内容になるので(笑)、できるだけ簡潔にまとめます。以前も書きましたが宇宙とは?人生とは?という問いに対する現時点での自分なりのひとつ答えなので、これが絶対だなどという氣はありませんが、何かの参考になればと思い記します。

よく言われる、すべては一つであるというワンネスという概念が感覚では分かっていたけど、自分の中で左脳的な理屈で理解できたのがフラワーオブライフや神聖幾何学というものを知ってからと書きましたが、ではフラワーオブライフとは何なのか?

これです↓

世界中の古代の遺跡、神殿、食器の模様に使われていたり、レオナルドダビンチも書いていたり、日本だと神社の駒犬の足下にあったり、籠目紋や麻の葉紋様として玄関先の魔除けや、古くは生まれたばかりの赤ちゃんのおくるみとして使われていました。なんでこの紋様がいろんなところで使われていたのか、それはこの紋様からエネルギーが出ているからでしょう。

イラストレーターを使って自分で作ってみました。

自分の出した結論から言うとこれが宇宙です。宇宙であり星であり地球であり人間であり、動物であり植物であり微生物であり、この世界を構成している物質の最小単位の素粒子です。

二次元の平面だと分かりずらいですが、このフラワーオブライフを三次元の立体で表したものが以前の記事でもご紹介した神聖幾何学です。

実際に自分で綿棒を使って図形を造って(創って)みると分かるのですが、図形の中心部、真ん中が少しでもずれると綺麗な形、綺麗な円形にはならないんです。中心部分をいかに狂いなく正確に造れるかがすごく難しんです。そしてさらに氣づくことは、ひとつひとつの円形の中心部分はすべての円形とつながっていて、大きな円の中心にすべてつながっているんです。そう、これはひとつひとつの円がひとりの人間であり、たくさんの円がつながって、ひとつの大きな円ができたものが宇宙ではないかと。

この宇宙はすべてフラクタル(相似形)であるということ。一人一人が宇宙の中心であるということ。すべてはつながっているワンネスであるということ。これらのことがフラワーオブライフと神聖幾何学で説明できるんじゃないかと氣づいたんです。

人間のエネルギー帯を表すトーラス構造というものがあり、自然界のいろいろな植物にも見られるものですが、これも人間の丹田、お腹を中心とした円形の循環するエネルギー構造を表したものです。人間をエネルギー帯でみると、円形の循環する丸い輪のように見えます。人間だけでなく宇宙も動物も植物も鉱物も微生物も素粒子も。

水の結晶が人間がかける言葉により綺麗な形になったり崩れた形になるのもこれで説明出来ます。

自分達は永い永い間、偉い人(存在)が頂点にいて、その下に自分達の庶民がいるというピラミッド構造の意識を刷り込まれていますが、そうではなくやはり一人一人が宇宙の中心であり、自分の中心に戻ることが宇宙の中心とつながることだったという意識の大きな転換が起こります。

一般的な家族というものを例に出すと、一番偉い父親がいてその横に母親がいてその下に子どもたちがいるというピラミッド構造を思い浮かべますが、でもエネルギーで考えると、父の輪と母の輪と子どもたちの輪が重なって、家族というひとつの丸い輪(円、縁)があり、上も下もないということが分かります。いやむしろ子ども達のほうが今の社会の常識や邪念を刷り込まれていない分、より自分の中心、今ここを生きているので綺麗な丸い輪を描いていたりします、笑。

一人一人が自分が宇宙の中心であると意識する、今まで刷り込まれた社会の常識や分離意識に従うのではなく、魂の中心にある本当の自分を生きる、そうすると人間一人一人、家族、社会、国、世界、地球そして宇宙に綺麗な丸い花が咲きますね〜

土中環境の改善が自然環境の改善に繋がる。

土の中の水と空気の流れの詰まりを取り、大地を本来の健全で自然な状態に戻してあげる大地の再生という手法があることを知ったのが三年ぐらい前です。全国でワークショップをやったり依頼を受け実際の施工を行なったりこのような活動をされている方に、矢野智徳さんという方と高田宏臣さんという方がいるのを知ったのもこの時です。

その後、矢野さんの活動を紹介されているブログを読んだり、高田さんのYouTube動画を観たりブログを読んだりして自分なりに勉強し、実際に我が家の大地の再生をやってたのは二年ほど前(ブログにその時の様子を書いてます→わが家の敷地の大地の再生をやってみる。―大地の再生とは?地球再生のために個々人ができること

その後、いろいろと忙しくて我が家の大地再生もついつい後回しになり、自分の中でもあんなに燃えていた大地の再生熱はいつの間にやらどこへ?となってましたが、高田さんの待望の新刊『土中環境』が最近発売されたことを知り、先日Amazonで購入。我が家のバイブル本の棚にまた一冊追加されました。この本が手元にあればもうこれからは大地の再生熱が冷めることはないでしょう、笑。

この本のはじめにとおわりにから一部抜粋し以下にご紹介します↓

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昔の人の環境への造作の名残を見ていく中で、土地の豊かさを保ちながら持続的に環境の営みを安定させようとしてきた、かつての素晴らしい智慧と造作にいつも驚かされてきました。見えない世界の存在をおそれ敬い、いのちの環境に対する傲慢な向き合い方を常に自省するという姿勢があったことに、しばしば心を打たれます。

 かつては、人間が理論的に実証で示せないものを、信仰や感性、本能的な感覚と歩調を合わせて、ごく当たり前に補ってきたことが分かります。

 いつしか私たちは、こうしたいのちの本能から体感的に把握される智慧を「非科学的」と称して蓋をしてしまい、不都合なもの、計量や実証で因果関係を示せないものに対して目をふさいできたように思います。

  (略)

 このままでは今の世界も文明も持続しない。そのことに多くの人が気づきつつある今だからこそ、こうした先人の姿勢の意味をもう一度振り返り、文明の在り方や環境への向き合い方、姿勢から再構築していく必要があるのではないかと思います。

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今は春です。現代社会がこれまでに経験したことのない事態に直面しているにもかかわらず、野には日に日に新緑が広がり、花が咲き、そして虫や小鳥たちもにぎやかに、いのちの季節の始まりを喜び、謳歌しています。ひとたび自然に身をおけば、いのちの限り生きようとする自然の仲間たちに囲まれ、そしてつながっていることに気づかされます。

 この平和で美しく完璧な自然の営みの中で生かされているという何気ない幸せを、これからの時代こそ、子どもにも大人にも実感してほしいと願います。

 自然の営みに耳を傾け、目を凝らし、その営みを楽しんでほしいと願います。

猫アレルギーから分かった人間界の法則の限界。

今年の6月半ばの頃から、わが家では猫を飼い始めたんです。前々からの娘の願望もあり、あとネズミ対策の意味もあり、子猫を飼い始めました。もともと自分が子どもの頃には、実家では猫をずっと飼っていたので猫の生態もよく知ってるし世話にも慣れています。

そして今回飼い始めてしばらくして氣づいたんですが、自分は猫アレルギーだったんだと、笑。正確にはむかしは大丈夫だったけど、どうやら大人になってから猫アレルギーになったようです(猫のいる部屋にいると目が痒くなり、ものもらいに頻繁に罹る)。

で、これは困ったな〜と思い、一瞬飼育放棄?という考えが頭をよぎりましたが、笑、いや待て待てと。とかく現代人は何か問題事が起こると、それをやっつけたり排除しようと考えがちですが、問題が起こるにはすべて原因がありそれを解決する対策が必ずあるはずだと。

調べてみると、猫アレルギーの原因は猫の身体から出る毛やフケに含まれるタンパク質が原因だということで、それで毎日の掃除機、拭き掃除を今まで以上に入念にするようにしました。それからあと、猫が毎日食べる餌に問題があるのでは?と推測。わが家では食料品の添加物には人一倍氣を使って、できるだけ無添加のものを買っていますが、猫にあげてたキャットフードをよく見ると添加物が満載でした。あと、人間でもそうですがフケがでるのは、食べ物に含まれる質の良くない脂分ではなかろうかと。猫アレルギー対策として毎日の部屋掃除を入念にするようにしたのと猫の餌の改善ですね。

それから、まだしてはないですが、部屋の壁に漆喰を塗ろうかと思ってます。ちょっと前に行った現在建築中のナチュラル系のカフェのお店の人に、漆喰に麻炭パウダーを混ぜて壁に塗っているという話を聴いて、これは部屋の環境浄化に効果がありそうだと思っていたのでわが家でも試してみようかと。このようにわが家では(主に自分が)猫アレルギーという問題が発生したけど、今よりもさらに快適に暮らしていくための生活環境の改善という考えが生まれました。

で、よくよく考えると、今回の猫アレルギーのことだけではなく、世の中に起こる問題事すべてに言えることですが、そこには必ず原因があり対策や解決策が必ずあるものです。例えば人間の病気。病気になるのは疲れや不摂生(ようするに免疫機能の低下)など様々な原因があり、熱や咳、鼻水など病気の症状が出るのは身体の免疫反応の現れだと個人的には思っています。ところが病気になった原因は考えず、とにかく現代人は薬やワクチンで症状を抑え込むことを考えます。

あと、田んぼや畑をやっていて野菜やお米にやってくる害虫や野菜やお米の周りに生えてくる雑草。これを現代人は悪だとして農薬や除草剤で排除します。微生物がたくさんいて健全な土中環境で育つ野菜には虫はこないし、雑草とも共生します。ようするに人間の役割としては野菜達が健全に快適に成長できる環境づくり。(この辺のことはまたブログに書いてみたいと思います。)

そのように自然界や宇宙は常に、こうじゃないよそうじゃないよと正しい方向性をいつも示してくれていますが、人間はそれに氣づこうとせず人間側からみた都合ですべてを判断し、人間界の法則に当てはめ都合の悪いものはやっつけたり排除する。でもそろそろ人間界の法則だけでやっていくのは無理がある、そんなサインがいま地球上に出ている、そろそろ人間も宇宙の理を学ぶ時が訪れたんだなあ。

猫アレルギーから始まり、最後はそんな考えに行きつきました。

一人一人が宇宙の中心である。

神奈川にいる義理の妹から一年半ぐらい前に教えてもらって、それから興味深くブログを読ませてもらっている山口県在住の立体造形作家さんのブログがあります。(こちら→真理探究と歴史探訪 https://plaza.rakuten.co.jp/opektal/)

先日山口市のほうで展示会が開催されていたので、これはぜひ生で作品を拝見しなければと思ったので、片道1時間半の距離車に揺られ家族全員で行ってきました。

宇宙は愛で出来ていた①の続きでも書く予定ですが、フラワーオブライフというものを知りそのあと神聖幾何学というものを知り、実際に自分で綿棒を使って立体造形をつくっていた頃に立体造形作家山本さんのブログを知ったのですが、ブログを読んだり写真を見たりするだけじゃなく自分で実際に造って(創って)みるとほんとにいろいろと解ることがあり、そんな中である日にふと、「宇宙の構造ってもしかしてこうなっているんじゃないのか?」という自分の中に氣づきがストンと降りてきたんですが、今回山本さんの作品を目の前で拝見して(すごいエネルギー出てました♪)、いろいろとお話しをさせてもらって以前自分の得た氣づきに確信を得るとともに、さらに深い氣づきが得られました。

これから本番がやってくるであろう大峠を越える時に大切なことは、前回の記事でご紹介した小林健さんも動画の中で言われてましたが、やはり一人一人が自分の中の中心、中心軸からぶれないこと。一人一人が宇宙の中心である、宇宙の創造主だという意識を持つこと。このことが肝心要(かんじんかなめ)なんだと今回改めて確信しました。